2019年10月26日(土)開催

読書会開催報告
『他者と働く 「わかりあえなさ」からはじめる組織論』@立川NNビル

 

reported by 山下ゆかり


<イベント概要>
日時:2019年10月26日(土)10時〜12時半
場所:立川NNビル2F
登壇:
本の解説&進行 / 山下ゆかり
okatteにしおぎオーナー/ 竹之内祥子
まち暮らし不動産(N9.5)/ 齊藤志野歩


 

2019年10⽉26日(⼟)に開催された『他者と働く-「わかりあえなさ」から始める組織論』宇田川元一著(NewsPicksパブリッシング)の読書会についてレポートします、押忍。

この読書会は、「まち(=多様な他者)と暮らす」をテーマとした まち暮らし不動産(株式会社N9.5)が、親交のある宇田川元一先生の初著をテーマに語ろうというものです。

✳︎

立川駅から歩くこと5分。広い道路沿いに隣接するビルの階段をあがると約150坪のワンフロアに、今日のために設えられた会場ができあがっていました。ここでなにかが生まれることを待たれているような空間にココロオドル雰囲気です。

 

わたしたちがどう読んだか?

まずは、3人の話題提供者から、それぞれがどのようにこの本を読んだか?を自己紹介をかねて話します。

冒頭、山下からは本の概説を。技術的問題と適応課題、対話の4つのプロセス、対話がもたらす関係性の変化…。それを踏まえて、

「今日もどこかで新たにつくりだされることを待っている現実や関係性があるはずだという「希望」こそが本書の要で、だから今日も「他者と働く」ことに私たちは向かっていける、というのが著者から受け取ったメッセージ」

だと紹介。

続いて竹之内さんから。

「以前から、精神医学の分野でかかれたナラティヴ・アプローチやオープンダイアローグに関する本を何冊か読んでいた。しかしこの本により、それらがビジネスにも応用できるし、普段の生活のなかでも十分に活用できるんだなという驚きがあった」

としたうえで、これぞ適応課題に向き合ったなというエピソードを披露いただきました。そのうちのひとつが、“大家とはすべてをマネジメントしないといけないのだと思っていた私”というお話。プロジェクト当初、齊藤さんたちが自分の期待通りに動いてくれないことに不満を募らせていたのだとか。

okatteにしおぎオーナー、竹之内さん

シェアキッチンの会員の方たちに”こうしてほしい”というルールづくりや方向付けを大家とコーディネーターである齊藤さんがするべきだと思っていたのですが、意外と塩対応だったんですよ。(笑)今はその意味もわかるようになりましたけど。

これを受けて齊藤さんからも応戦、もとい補足。

「okatteにしおぎは、シェアハウスとシェアキッチンを組み合わせたような形で、メンバー含めて100人くらいが関わるプロジェクト。ただでさえ人が多いのでそれを統一しようとするとルールで縛ることになる。そうではなく、自分たちのことを自分たちでマネージできるようにしていこうという意図があったんです」

コミュニティづくりというと、仲良くしようと「まとめる」ことが職能と思われがちだが、まち暮らし不動産の場合は、「個人それぞれのまま」を保てるようにしておくことをむしろ支援している。

「介入」のステップのことを、本書では「相手のナラティヴとの間に橋をかける」というメタファーで表現されています。

 

本書でいう対話の4つのプロセスをまわしつつプロジェクトを進めるのが仕事であるまち暮らし不動産。技術課題でほとんどのことは乗り越えられるが、関係性を変えていくことでしか実現し得ないプロジェクトもある。そのなかで痛感しているのが、「解釈」フェーズでのつまずきだという。自分たちまち暮らし不動産はここをきちんと乗り越える(オーナーさんや、プロジェクトに関わる多くの人たちが乗り越えていける)ために、どのような鍛錬や技術の体得をしてきたのかが本書により整理できたという。

 


N9.5/まち暮らし不動産 代表 齊藤志野歩(右)

続いてクロストークに移っていく。ここからはライブ記述式でご堪能ください。

 

わたしたちの「解釈」の技術

山下:「プロジェクト進行の過程で、齊藤さんのどのような介入が印象的でしたか?」

竹之内:「okatteで、もちつき大会やりたいねという話がでたときかなあ。子供達も喜ぶからやりたいねという人たちと、もちつきは意外に食中毒などのリスクも大きいからやるべきではないという人たちで意見が対立して。そんな中、じゃあ保健所に聞いてみたら?という一言で、ああそうかと」

齊藤:「最初はお互い、大枠で問題をとらえられているので、“対立しているようにみえる”んです。誰しもイベントやるなら何事も楽しくかつ安全にやれたらという気持ちに相違はない。それが「もちつき」のような大枠で事象を捉えようとすると対立が強調される。そこを整理し、“解釈”によって掘り下げていくと、どうやら別の問題だとわかってくるんですよね。気になっているのはどうやら衛生面だなと」

山下:「なるほど。そういう解釈→介入をすることの場への効能って?」

齊藤:「じゃんけんで例えると、いつもグーをだす人がいて片やいつもパーをだす人がいて「私いつも負けてる!」っていう状況があったとして。そこに私たちはトコトコと歩いていってチョキをだすみたいな(笑)。とりあえずあいこになったところから、いつもグーだしている理由やいつもパーだしている理由を聞いていくと、なんか別にたいした理由もなかったりして。じゃあとりあえずその出しちゃっている手で握手しとこうかみたいな、まあメタファーですけど。すぐに握手するわけじゃないから。

そういうことをしていると、各自が自分の「○○しがち」な態度ということに気づいていける。すると次は、関係性のなかでどういう居ずまいでいるかを“自分で決められる”ようになっていく」

山下:「もちつきの対立が決着するということだけでなく、個人や関係性にそのように蓄積されていくものがあるんですね」

 

ある種の“依存症”に介入するとき

山下:「対立を見つけたら、必ず解決せねばならぬという正義感に駆られ過ぎるという場面も結構目にするなと思うんです」

齊藤:「橋を掛けたくて掛けたくてしょうがない!って、それこそ橋依存症になっているってことだと思う。AさんがBさんにおせっかいになりすぎている状況をみたとき、私がAさんのナラティヴにはいってAさんに「Bさんのナラティヴに入りすぎに見えますよ?」と観察して伝えてあげたらいいんだと思う。わたしはわりと無責任に言う。(笑)」

竹之内:「相手のためと思ってやっているときがまずい。私なんて価値がないと絶望している人に、よかれと思って「いやいやあなたには価値がある」というやりとりをしていたときが自分にもあったが、そのときって要は相手の絶望感を否定していた。

だから、ある意味無責任に介入(またはその前の観察だけでも)をしてくれる援助者がいるっていうことはすごく助けになると思う」

 

 

新たなナラティヴのリソースは既にあるナラティヴ

山下:「言いたいことはこれじゃないんだけど…と、もやもやしているけど本人もまだ明確じゃないようなケースは、どう入っていきます?」

齊藤:「うちにくる案件自体が「コレジャナイ」というところから相談がくるので、そういう仕事しかないんですが。(笑)」

竹之内:「私の場合も、家どうしよう、相続税問題どうしようというのがあって、最初は銀行に相談にいった。そうすると駐車場にしましょうとかアパートにしましょうとか言われて、ステキなパンフレットをもらって帰る。でも「いやそれってなんか違うよな」と思って。確かに最初のうちは家賃もはいってきていいかもしれないけど、10年経ったらどうなるの?というビジネス的な観点での疑問もあるし、赤の他人がアパートに入っては出ていく、ただそれだけの関係への違和感が「大家業」をやるということに対してもあった。齊藤さんに相談した最初の頃は、これじゃない、あれでもないということばかり言っていたと思います」

齊藤:「オーナー側の人も、住む側の人もそうだなのですが、話の聴き方というのはひとつにはある。その人がもやもやを感じているときって、どこかにその違和感のルーツがあると思う。それをひとつひとつ追っていくと、小さいときの記憶がでてきたりして、あぁ私はこういうことがしたかったんだなって思い出したりする。あまり新しいアイデアを出そうとはせず、どちらかというと戻るというか、思い出してもらう。」

山下:「本書的にいうと、新しい現実をつくろうとするときのリソースは、その人のルーツや過去や既にもっているナラティヴが材料になるということですよね」

齊藤:「そうですね」

竹之内:「いろんなことを思い出す記憶のブートキャンプみたいなのを10回くらいやりましたよね」

齊藤:「でもそのあいだ、竹之内さんだけが話しているというのではなく、私たちも同じようなことあったなとか、自分はこんなことやってみたけどダメで残念だったなとか、こんな風だったらいいのにって思うとか、机を囲んでいる人同士からも出していくんです。そうこうしているうちに、だんだん形を帯びてくる。最初は相談者の困りごとなんだけど、自分も自分のナラティヴを毎回“明け渡す”感じ。結構きつい作業ではあると同時に、自分が場づくりをしているけど、それに自分も救われる」

 

 

診断型アプローチではなく対話型アプローチ

山下:「そんな風に相談者が次々にくるなかで、相談を受ける方が、相談者をある種のパターン化してしまうということに対しては、どうしてます?」

齊藤:「うーん。チームでやるというのはひとつあって。あ、いま私たちパターン化してみちゃってたよね、と」

山下:「お互いにツッコミあう」

齊藤:「そういう関係性にハマらないためにも、あえて弱っちい感じというか脆いというか、「大丈夫なんですか??」といわれるような感じでやる。不確定要素があることは「わからないです」とちゃんと言う。これが正解です、任せておいてくださいといわない」

山下:「弱っちいというのは、ほんとうに弱いわけじゃなくて、きちんと認めるということですかね」

竹之内:「私自身、マーケティングの会社の代表を長くやっていて、クライアントの課題に対して「提案」するのが普通だった。100枚くらいの企画書を納品してお金をもらうというような仕事をずっとやってきたから、初めの頃は自分は施主なんだから何か「提案」してほしいという気持ちが強かったです。お金を払っているんだから、答えが買えて当然だろうと。」

齊藤:「いや、ほんとにすみません(笑) 考えるフレームワークを持っていって、答えを見つけだす作業を一緒にしたからですね。技術的な答えが見えていても意図的に出さないときもある。分厚い提案書でドヤァァァ!みたいに、力技でできなくないし、事業にとってそれが必要な時はやる。でもほとんどの場合は、そこをぐっと堪えることで、新しい関係性が築ける(相手も変わり、自分たちも変わる)ことが多い。それがこの仕事の醍醐味だと思う」

竹之内:「大家業を5年やってきて、大家ってこんな楽な仕事なんだって今は思う。相手を思い通りに動かそうとするのではなく、ある意味で委ねることで、逆に楽になれるんだなと」

 

対話のプロセスと“関係性”

会場参加者:「他者のナラティヴにはいるときって、ある程度ぎりぎりのところまでいかないとおもしろいものは見えないけど、たいていその手前で戻ってきてしまう。経験がない人がここにチャレンジしていくのになにか工夫できることはありますか?」

齊藤:「その怖さを自覚できていることが大事なように思う。自分も毎回新しいお客さんとプロジェクトはじめるときは怖い。怖いと感じることが自然だということでは」

竹之内:「大家やりたいんですという人からの相談でよく聞かれるのが「変な人がきたらどうするんですか?」というもの。実はokatteでも、うちの母が知らない人がくるのを心配していたので、母屋のほうに柵をつくる案もあった。でもいざはじまると、okatteに園芸部ができて、庭の草取りや剪定をしたいという人が現れたり、今となっては母も「助かるわ」と言っている」

齊藤:「関係性がないことで生じる恐怖はある。対話をすすめる上では、少しづつ取り除かれていくので、それしかない気がする。」

ここで宇田川先生がテレカンでジョインし、全体での質疑応答コーナーへ。

宇田川先生の自室が「非常にクリエイティブな状態(笑)」とのことで、背景画像をzoomの機能をつかって宇宙にしておられます。なんだかNASA感が出てしまいました。


なんだか宇宙ステーションと交信しているような感じに・・・

 

対話のプロセスに入る前に

会場参加者:「そもそも誰と対話をすべきなのか?のあたりって難しいと感じます」

宇田川:「完璧な観察は不可能。ただ、自分が何に困っているのかとか何に怒っているのかという棚卸しは必要。そうして準備段階にはいっていくと、誰と対話するのが有用か?というのは見えてくる。ただ、外すことはある。外したというフィードバックも含めて観察する。

シンゴジラという映画で、自衛隊が武蔵小杉で機関砲を撃つシーンがある。あれを威力偵察というらしい。本格的にミサイルで攻撃する前に効果を測って観察している。そういう観点でインフォーマントを得たり、相手の考えている枠組みを探っていくというのはあると思います。それも、「実際に撃つ」というのが大事で、撃ってみないとわからない。」

 

ナラティヴ・アプローチの経営的意義

会場参加者:「もともと医療・看護ケア分野で発達してきたナラティヴ・アプローチを企業社会に応用したということだが、ビジネスの文脈だとどうしても生産性やパフォーマンスが重視される。ここをどう越えていけばいいでしょう?」

宇田川:「緩和ケア病棟で患者さんが亡くなるとデス・カンファレンスをやると聞いたことがある。亡くなったことを受けて今自分がどういう気持ちでいるか、やり残したことはないか、などについて話す時間。なぜそういうことをするのかというと、ケアの質をあげるということに加えて、ケアしている看護師をケアするためなのだ、と言えるのではないか。企業経営の流行り言葉でいうとエンゲージメントを高めてリテンションをあげるためにやっているんですよ。つまりあえて旧来の理論で言うなら、PM理論(課題思考か人間関係思考か)でいうところの両方に対してナラティヴ・アプローチというのは意味がある可能性がある。個々の人間をケアしつつ、全体のパフォーマンスをあげることに寄与するということを、経営の文脈で主張していくことが経営学者である自分自身がこの本を通じて言いたいことです。ナラティヴ・アプローチは経営において現実的に物事を進めるために必要だということを言いたくて書きました」

 

思想としての対話

会場参加者:「経営の文脈でビジネス書としてかかれていることがありがたかったと齊藤さんも話されていて、私もそう思いました。人を道具的に動かすためにナラティヴ・アプローチは有効という意味ではなく、ビジネスのなかでも固有の関係性としてみていくというところが印象的で。そこまで踏み込んで書かなければと思われた背景を聞かせてください」

宇田川:「もちろんどんな企業も稼がないと存在がなくなってしまいますから、これは大前提です。そこに加えてドラッカーがいっていることですが、企業の役割は世の中にその人が参加しているという場をつくることだ、と。この2つをどう両立させるのかを考えないといけない。

近代を人間化する(トゥールミンのいうhumanization)が僕の研究の思想的なコアであり、ここが僕の勝負のしどころでもあります。つまり近代を捨て去るのではなく、近代がもたらしたメリット(例えば、感染症が減って幼児死亡率も低下し平均寿命も延びたとか)を否定せず、その恩恵を受けながらも、どうやって人間化していくのか。オルタナティブになるのではなく、メインストリームを内側から少しづつ変えていく。そのためにふんばって闘うための思想が対話だと思っています」

 

ひとつの応答に触発されてまた次に次にと、時間を押して先生とのやりとりは続きました。

最後に参加者の皆さんと記念撮影です。テレカン画面越しの集合写真ははじめてでしたが、背景画像もあいまって、宇田川先生が神々しい感じになりました。 (この写真を見た宇田川先生は「こんな風に写っていたのですね・・・思っていたより大きい・・・まるで大船観音になった気分です・・・」とおっしゃっていました。笑)

 

参加者同士の会話はイベント終了後も続き、ランチを頬張りながらもあれこれと。本イベントにも参加いただいていたNNビルのオーナーさんがお味噌汁を振舞ってくださいました。

午後に行われた第2部「まちと暮らす 他者と働く -”わかりあえなさ”に向き合うまち暮らし不動産の仕事論」については、後日まち暮らし不動産のメンバーたちから内容をシェアいただけるとのこと。

 

 

会場となった立川NNビル2Fは来春新しい形に進化すべく、オーナーさんを含めたまち暮らし不動産のチームにて準備中だそう。こちらも注目です。

 

(終)


<参考リンク>

okatteにしおぎ
https://okatte-nishiogi.com

他者と働く──「わかりあえなさ」から始める組織論 (NewsPicksパブリッシング)
宇田川 元一 著
– 2019/10/4発売
https://www.amazon.co.jp/gp/product/4910063013/

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